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hitomi's favorite

ひとみのフェイバリット - コツコツ作り続けたドールハウス、トールペイント、田舎暮らしの近況報告をしています

パティのくれた贈り物⑭

パティのくれた贈り物 ペット

パティの一人遊びの大好きなアイテム、ペットボトル。
両足が元気だったころはひたすら走って、取ってきて、また投げて取ってくる。だったのですが、足が不自由になってからは空になったボトルをタタタと取りに行ってあとはどんなに硬く締めた蓋もカジカジかじって、開けてしまい、ひとしきり中のジュースの味をなめて、次にはフイルムをピリピリときれいにむしり取って、終わり。横浜市ではペットボトルはペットと蓋、フイルムを分けるので我が家では分別犬と呼んでいました。   ですが、終わった後には残骸が点々と・・・後は知らない!とまったく興味なし。片付けもしてくれれば完璧なのにね(笑)
それも、1年、1年歳を取るにしたがいだんだん興味がなくなっていきました。


12,3歳くらいにはだいぶん歳をとってきたな、と思うようになり、車椅子での歩行もあまりできなくなってきました。
そのため、外に出ていくために抱っこ袋と、バギーを使うようになりました。
これはもうパティにとってとっても大好き♡自分は楽をしてみんなと一緒にどこへも連れて行ってくれる♪   この2つがパティの目にとまると前足で小躍りするように喜びます。

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お医者さんが12,3歳くらいまでがんばれればこの身体なら寿命かもしれない、とパティが半身不随になったころに言われた言葉。その年を迎えたころから少しずつ体調が衰え始めてきました。
自立で排泄ができないため毎年膀胱炎で体調を崩し、そのたびに薬の投薬。
乳房が腫れ始めたのもこのころ。その時はまだ体力があるから腫瘍を取り除き(両性腫)でほっとしたりして。
それでも1年1年がパティの命が減っていくのがわかる。
なんとか15歳も過ぎて、それまでは衰えていても元気があったけどいままでの元気はもうない。
一旦手術で切除した他の乳房がまた腫れてきた。もう切除する体力は明らかになさそうなので、先生にこのまま様子を見ます。
それから1カ月もたった6月くらいから乳房から膿が出始めしまいに傷口がパッカリ口を開けとても痛々しい。
検査をしたところ乳がんと。もう見守るだけしかない。たぶんとっても痛いのだろうけど、幸か不幸か半身不随で神経が鈍いのであまり痛がっている風でもありませんでした。
それでもどんどん体調は悪くなっていく。

              

7/28病院で鎮痛剤を打ってもらい、すこし楽になったかな?とその翌日今度は呼吸がとってもつらそうになってきた。仕事を休めない私に変わり、娘が病院へ連れて行ってくれ肺炎になっている、ということで抗生剤をもらい、これで楽になれるといいね。
そのころから私はパティと一緒に寝るようになりました。
薬を飲ませてもなかなか楽にならず、一晩中苦しくて横になることもできず喘いでいる。私は何もできないからせめて背中を摩ってあげつだけ。


7/30一晩中眠れない夜を過ごし、朝になっても苦しそう。もうあんなに食べるのが大好きな子がほとんど口をつけない。
それでもハムに薬を入れたらどうかしら?とかアイス(暑いから気持ち良くなるかしら)をあげたり。一口なめてもう終わり。
そんなに苦しいのに私の動くのをずーっと目で追っている。そしてやっとの思いでついてくる。
いいよ、苦しいからかごにいなさい。それでも着いてくる。


夕方5時を過ぎたころ、パティをかごにいれて家の仕事を終え、パティの傍らに腰をおろしてテレビを観ていたら、???パティの喘いだ呼吸が聞こえない、薬が効いて楽になったのかな?
と見たら??パティの顔から生気がない!パティ!パティ!パティ!死んじゃだめだよ!・・・急いで主人に電話。その間に泡を噴きながら数度グワッっと口を開ける・・・17:25最後でした。
やっと楽になったんだね。
すぐに娘も主人も帰宅。せめてもの飾りときれいにしてパティを送ってあげよう。

8月には16歳。がんばったね。我が家の子になってくれてありがとう。
パティがいてくれたから我が家はこんなに仲良く過ごせましrた。
パティがいてくれたから義母の介護のつらさも頑張れた。
ほんとにほんとにありがとう。

これからはみんなの心の中で生きていってね。